SaaSサブスクリプションビジネスで急成長を遂げた、株式会社セールスフォース・ジャパン(米国本社 Salesforce.Inc.)の販売プロセスを立ち上げた著者が、その仕組みや適用のポイントまで子細に語った「ザ・モデル」は、2019年に出版され、ビジネス書としてベストセラーを記録した。
「DX」界隈では知らない人がいない、あまりにも有名なこの書籍だが、あらためて読み返してみると、4年が経過した今でも陳腐化したり時代遅れにならない、販売(というより顧客との関係構築というべきか)に関する様々な本質を示唆している内容だったと気づく。
Salesforceは、CRMソフトウェア市場において、ダントツ首位のシェアを誇っていて、他社事例などに関心を持った企業が続々と導入を進めたが、期待通りの成果をあげられずに困惑しているケースも少なくないと聞く。その理由を解明する鍵も、おそらくこの本の中に隠されている。
顧客の購買プロセスの半分以上は、営業に会う前に終わっている
本を開いたカバーの折り返しに、こう書かれているのが目に入る。2012年、米国での調査結果によるもので、情報収集や比較検討、意思決定など顧客の購買プロセスの67%は、営業担当者が顧客に実際に接触する前に終わっているという。
ここから、2つの疑問が生まれる。
- 営業が介入するまでの前段階で、誰が・何を・どのようにおこなっているのか?
- 営業部門(フィールドセールス)の仕事とは何なのか?
営業活動は、生産工程のように分業化される
1つめの質問については、この書籍のサブタイトルが手短かに要領よく答えをくれている。
マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスの共業プロセス
マーケティング部門とインサイドセールスチームの活動が、(見込み)顧客あるいは商談を生み出し、営業が提案をおこなって受注につなげる。さらに受注済顧客との関係を深め、契約継続やアップセル・クロスセルにつなげるのがカスタマーサクセスということだ。
2つめの答えは、セールスフォース・ジャパンのWebサイトにわかりやすい図があるので、そちらで考えよう。
以下セールスフォース社サイトより引用この図は、福田氏が書籍「ザ・モデル」で述べたものを厳密には表現しきれていない。「見込み客のリサイクル(後述)」についてのフローが省略されているからだ「The Model」(ザ・モデル)とは?概念と実践をSalesforceが分かりやすく解説「The Model」(ザ・モデル)とは、マーケティングから営業、カスタマーサクセスに至るまでの情報を可視化・数値化し、営業効率の最大化を図る、 セールスフォース・ジャパンで活用されてきた営業プロセスモデルです。「The Model」の概念から仕組み、運用のポイントまで、要点を押さえて分かりやすく解説します。
上の図でわかるとおり、外勤営業(フィールドセールス)の仕事は、マーケティングが集め、インサイドセールスチームによってフィルターにかけられた見込み顧客に対して、提案活動やクロージングをおこなって受注することなのだ(顧客クレーム対応など、他の部門と共同で対応するケースはあるにしても基本的には)。
つまり我々がイメージする、いわゆる「営業さん」の仕事は、今やマーケティング部門やインサイドセールス(内勤営業)、そしてカスタマーサクセス部門との連携したプロセスの一部になっているということだ。
こうした分業化のメリットとして、各部門のパフォーマンスを数値化して測定することができるようになる点が挙げられる。これにより
- どれだけの予算やリソースを投入すれば、最終的にどのくらいのアウトプット(売上)が上がるか、予測が可能になる
- 全体プロセスにおけるボトルネックを見つけ、継続的改善(PDCAを回す)により、アウトプットを最大化することができる
これは福田氏も言及しているように、エリヤフ・ゴールドラットが「ザ・ゴール」で示した制約理論に通じるところがある。SCM(Supply Chain Management サプライチェーン管理)を対象に語られていた理論を、営業販売プロセスに適用したようなイメージだ。
このような分業化された営業活動プロセスは、厳密な運用ルール設定と、システムによる管理が必要になる。(見込み)顧客のステージ(次回以降の投稿で触れる)や各部門のパフォーマンスを、いちいち人手で確認したり計算していては、効率が悪く正確性にも欠けるし、リアルタイム性に欠け、情報共有もできない。
salesforce(セールスフォース社が提供するサービス)の本質
SSOT (Single Source of Truth 信頼できる唯一の情報源)というキーワードを耳にすることがある。
組織で仕事をしていると、各担当者がスプレッドシートなどに加工したデータをローカル環境に保管したり、メールや共有フォルダで拡散することで、あちこちで複数の「最新版」ができあがったり、誤ったデータが広まったりする事態を経験することがあると思う。
salesforceのような共通プラットフォーム上にデータを保管・更新すれば、こうした状況は回避され、誰でもいつでも最新版のデータにアクセスできるようになる。
M&Aによりサービスポートフォリオを拡張し続け、現在では様々な機能や関連サービスが提供されているsalesforce(この文脈では、セールスフォース社が提供するサブスクリプションサービスを指す)だが、その本質はSSOTとして信頼できる業務データを一元管理することと、分業化されたビジネスプロセスの運用ルールを自動化によって効率化することにある。
こうした背景を無視して、既存の営業プロセスを切り取り、ツールとしてsalesforceを導入して、グループウェア的に日報を記録するといった用途で利用しても、本来の効果(分業化された各営業プロセスのパフォーマンスを視覚化し、戦略的対応を可能にするなど)は期待できない。
salesforce(ここではSFAつまりSales Cloudを指す)を導入した直後は、商談件数増加や受注率向上が見られることはある。これまで共有されなかった商談情報などが見える化され、マネージャーらがフォローアップできるようになるためだ。
しかし、事業のライフサイクル全体で見ると、初期段階に比べて事業成長期には、多数の商談につなげようとしてマーケティング部門が関心度の異なる様々な見込み客にアプローチするため、商談化率や受注率が下がってくる。同一事業の枠で考えるかぎり、営業効率の改善は永遠には続かない。
「ザ・モデル」は、こうした状況を改善することを意図しながら、セールスフォース・ジャパン社が採用した販売プロセスである。ポイントは、未受注・失注した見込み顧客や休眠顧客を「リサイクル」することで、見込み客生成コストを削減しつつ、商談化率・受注率を向上させようという点だ。
(SFAシステムとしての)salesforceは、こうした営業プロセスや運用ルールを管理するためのツールであるという全体像を認識しておいた方がよい。
「ザ・モデル」は、そのままでは適用できない
気になるのは、私に質問する人の多くが、組織体制や評価指標だけを単純にマネようと、形から入るケースが目立つことだ。
どの会社にもそのまま適用できるモデルなど存在しない。自分の会社にとっての「ザ・モデル」を創造することを目指してほしい。
福田氏の苦言から、自社のビジネスプロセスや事業環境などを考慮しないで、ただ「ザ・モデル」を金科玉条のように適用しようとしたケースが少なくなかっただろうことが窺える。
そもそも「(販売プロセスとしての)ザ・モデル」はSMB(Small and Medium business 中小企業)顧客向けの販売プロセスである。Webサイトなどから資料ダウンロードや無料お試し時に入手した顧客情報に対して、訪問営業をおこなう前に、インサイドセールス部隊がアプローチしてふるいにかけるというプロセスは、SMB向けのものだったということだ。
salesforce(当時のアメリカ本社)には、他にも大企業向けのプロセスが存在していた、と福田氏は記している。こちらはインサイドセールスが介入せずに、EBR(Enterprise Business Representative大企業向けプレセールス)が重点顧客に対して商談アプローチをかけるものだ。その場合も(SFAプラットフォームとしての)salesforceで管理をおこなうが、当然プロセスは異なる。
セールスフォース社自身でも「ザ・モデル」は販売プロセスの1種類に過ぎないのに、それを業種・業態、商品など事業環境が異なる企業にそのまま適用しても、期待した効果は出なかっただろう。
では、我々が「ザ・モデル」から読み取って、自社環境あるいは顧客環境に適用できるポイントとは何だろうか。次回の投稿では、その点について考えてみたい。